図1 シミュレーター適用の一例
国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、誘電材料、コンポジット材料、ポリマーブレンド、触媒、ナノカーボン材料、半導体などの有機・高分子系機能性材料を対象に、高度な計算科学、高速開発・革新プロセス技術および先端ナノ計測評価技術によって作成したデータ群と、人工知能(AI)技術などの融合により、従来の経験と勘に依存する材料開発と比べて試作回数・開発期間を1/20に削減・短縮することを目標とする材料設計基盤技術の研究開発プロジェクト※1に2016年度から取り組んでいる。
今般、NEDOと国立研究開発法人 産業技術総合研究所(AIST)、先端素材高速開発技術研究組合(ADMAT)は、同プロジェクトの中で、革新的機能性材料の開発を支援するためのシミュレーターを開発した。このシミュレーターが広く利用され、国内産業における材料開発期間の短縮に貢献することを目指し、このシミュレーターを本日から順次公開する。これに伴い来る4月12日に東京都内で「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト シミュレーター公開説明会」を開催する。
開発したシミュレーターは、電気・光などのキャリア輸送や界面原子ダイナミクス・反応など、9つの機能別シミュレーター。これらを利用して、さまざまな手法で異なる材料の機能・物性を予測することで、有機・高分子系機能性材料の広い範囲で材料設計が可能となる。
今後NEDOは、これらのシミュレーターの機能拡張や高速化を進め、継続的なブラッシュアップを図ることで、先端材料の試作期間・開発期間を従来比1/20に削減・短縮することを目指す。
また、本日NEDOは、このシミュレーターの利用を促進するため、このシミュレーターを用いた機能性材料開発に関する助成事業の公募を予告、5月中旬に公募を開始する予定。詳細は、下記のウェブサイトの公募情報欄を参照。
「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト/基盤技術等を活用した機能性材料の開発」に係る公募について(予告)
超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト シミュレーター公開説明会
開催日時:2019年4月12日(金)13時00分~18時00分(受付開始:12時30分)
開催場所:AIST臨海副都心センター(東京都江東区青海2-4-7)別館11F会議室
参加方法:事前登録制、参加費無料
所属・氏名・連絡先メールアドレスを記載の上、u2m-seika2019-ml@aist.go.jpまで申し込むこと。
今回の成果
機能性材料には大幅な省エネ性能や複合化による多種類の機能の発現といった性能向上が期待されているが、従来の機能性材料開発は、これまで蓄積してきた材料の構造や物性、触媒を含む反応経路などの実験・評価データを使い、「経験と勘」に基づく仮説を立てて、それを実験によって検証しながら進められてきた。しかし、その手法は長期の開発期間を要するため、国内素材産業の革新的な材料開発基盤技術を構築するための足かせとなっていた。
今回、開発したシミュレーターは「誘電材料」「複合材を含む高分子材料」「機能性化成品(触媒など)」「ナノカーボン材料」「半導体材料」などの幅広い有機・高分子系機能性材料を主な対象としている。これらは、求められる特性が多岐にわたるため、用いるシミュレーション手法も、第一原理計算※2から分子動力学※3、粗視化シミュレーション※4、流体解析などさまざまで、対象とする空間/時間スケールも広範で、1つの計算シミュレーターですべてをカバーすることは不可能。そこでNEDOなどは、9つの機能別シミュレーターを開発した。それぞれのシミュレーターと想定される適用材料は図2のように分類できる。 図2 開発されたシミュレーターと想定される適用材料
シミュレーターの概要
1.電気・光などのキャリア輸送シミュレーター
第一原理計算による電気や光などのキャリア輸送特性の予測機能を有す。1μmスケールのチャネル材料※5を含んだデバイス系の電圧-電流特性予測や、ナノ粒子の光学特性予測が可能。
2.界面原子ダイナミクス・反応シミュレーター(I、II)
固液界面における化学反応、電極表面の電気化学反応や金属-有機分子接触面での摩擦などトライボロジー分野で必要となる機能などを有す。第一原理計算の拡張版。
3.モンテカルロフルバンドデバイスシミュレーター
古典的なボルツマン輸送方程式※6を、モンテカルロ法※7により解き、電界に対するドリフト速度などのキャリアの輸送パラメータを求めることが可能。
4.誘電率などの外場応答物性シミュレーター
第一原理計算による、電子寄与の複素誘電関数と光学伝導率を計算する機能を有す。有機、無機を含む広い物質群に適用可能。
5.電圧印加粗視化分子動力学シミュレーター(I 、II)
一定電圧下における分子動力学/粗視化分子動力学の実行が可能。加えて液晶エラストマーなど、メソゲンを持つ高分子鎖の粗視化分子動力学に対応した機能を有す。
6.汎用インターフェイス(拡張OCTA※8)
OCTAを機能拡張し、グラフィカル・ユーザ・インターフェースの機能拡張、ならびに画像解析ツール、AI連携ツールを新たに追加したもの。
7.フィラー充填系コンポジットシミュレーター
フィラー充填系ポリマーコンポジットを取り扱うシミュレーター。せん断流動下での凝集フィラー解砕挙動や、フィラー充填系ポリマーブレンドの相分離などを扱える。
8.ナノカーボンコンポジット用シミュレーター
カーボンナノチューブ、グラフェンなどのナノカーボンコンポジット用シミュレーションの機能に加えて、Pythonスクリプト言語※9による機械学習への情報提供を容易にした。
9.反応性流体シミュレーター
有限要素法※10を用い、素反応機構を考慮した複雑形状に適用できる反応性流体シミュレーター。熱と化学反応を伴う現象や多孔質構造を考慮した連続体モデルの流体シミュレーションを行うことが可能。
<注釈>
※1 研究開発プロジェクト
事業名:超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト
事業期間:2016年度~2021年度
※2 第一原理計算
計算対象となる系の各構成元素の原子番号と構造のみを入力パラメータとし、調整パラメータや実験結果を用いることなく、シュレディンガー方程式などに基づく基礎方程式を数値的に解いて、その系の電子状態を求める計算方法。
※3 分子動力学
分子シミュレーション手法の1つ。原子に働く力に基づき、運動方程式を解くことにより分子のダイナミクス(動力学)をシミュレーションする。
※4 粗視化シミュレーション
物事を粗く見たモデルによるシミュレーション。分子シミュレーションの場合、複数の原子を1つの単位(粗視化単位)として取り扱うモデルを用いる。
※5 チャネル材料
デバイスにおいて配線電極間に配置され、電子などのキャリアが流れる部分の材料。
※6 ボルツマン輸送方程式
キャリアの輸送現象を表す方程式。キャリアを粒子とし、キャリア間の衝突なども考慮しながら、その位置と速度に関する分布関数の時間変化を計算する。
※7 モンテカルロ法
ある過程を予測する際に、現象を記述する方程式を直接解く代わりに、乱数で事象の発生を確率的に取り扱い、多数のシミュレーションを実行して近似解を得る方法の総称。ボルツマン輸送方程式を扱う時にも、キャリア間の衝突に対してモンテカルロ法がよく用いられる。
※8 OCTA
名古屋大学(開発当時)で、土井正男教授らにより開発された高分子材料の汎用シミュレーションソフトウエア。(http://octa.jp)
※9 Pythonスクリプト言語
高い汎用性を持ったオブジェクト指向型のスクリプト言語であり、さまざまな分野のアプリケーション開発において、簡易なコードでありながら高機能なシステムを構築することを可能にする高レベル言語。人工知能関連解析の実装においては、事実上Pythonを用いた開発が不可欠。
※10 有限要素法
連続体モデルの数値解析手法の1つ。連続体を小領域(要素)に分割し解く方法。有限差分法に対して要素形状に任意性を持たせることができる。
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【機能性材料】NEDO、AIST、ADMAT、革新的材料開発に使えるシミュレーターを開発
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