大阪大学産業科学研究所の関谷毅教授、植村隆文特任准教授(常勤)(産業技術総合研究所特定フェロー兼任)を中心とした研究グループと、産業技術総合研究所(AIST)が大阪大学内に設置した「産総研・阪大 先端フォトニクス・バイオセンシングオープンイノベーションラボラトリ(PhotoBIO-OIL)」は、世界最薄・最軽量の生体計測用の差動増幅回路(※1)の開発に成功した。
ヘルスケアや医療用途の生体計測回路は、これまで、シリコントランジスタに代表される硬い電子素子で構成されていた。しかし、硬い電子素子が柔らかい肌などの生体組織に触れると炎症を起こしやすいため、日常生活において長時間の生体信号の計測は困難であった。
本研究グループは、有機トランジスタ(※2)という柔軟な電子素子を厚さ1μmの薄くて柔らかいプラスチックフィルム上に集積することで、装着感のないフレキシブル生体計測用回路を開発した。作製した回路は差動増幅回路とよばれる信号処理回路の1つ。従来のシングルエンド型の増幅回路(※3)と比較すると、本研究のフレキシブル差動増幅回路は、微弱な生体電位を増幅可能なだけではなく、外乱ノイズ(※4)を取り除くことができる。実際に人の生体計測に用いることで、重要な生体信号である心電信号のリアルタイム・低ノイズ計測を実証した。
本成果によって、日常生活において心電信号に限らない様々な微弱生体信号 (脳波や胎児心電など) を機器の装着感なく正確にモニタリングすることが可能になると期待される。
本研究成果は2019年8月16日(金)午前0時(日本時間)に英国科学誌「Nature Electronics」(オンライン)に掲載された。
ヘルスケアや医療用途の生体計測回路は、これまで、シリコントランジスタに代表される硬い電子素子で構成されていた。しかし、硬い電子素子が柔らかい肌などの生体組織に触れると炎症を起こしやすいため、日常生活において長時間の生体信号の計測は困難であった。
本研究グループは、有機トランジスタ(※2)という柔軟な電子素子を厚さ1μmの薄くて柔らかいプラスチックフィルム上に集積することで、装着感のないフレキシブル生体計測用回路を開発した。作製した回路は差動増幅回路とよばれる信号処理回路の1つ。従来のシングルエンド型の増幅回路(※3)と比較すると、本研究のフレキシブル差動増幅回路は、微弱な生体電位を増幅可能なだけではなく、外乱ノイズ(※4)を取り除くことができる。実際に人の生体計測に用いることで、重要な生体信号である心電信号のリアルタイム・低ノイズ計測を実証した。
本成果によって、日常生活において心電信号に限らない様々な微弱生体信号 (脳波や胎児心電など) を機器の装着感なく正確にモニタリングすることが可能になると期待される。
本研究成果は2019年8月16日(金)午前0時(日本時間)に英国科学誌「Nature Electronics」(オンライン)に掲載された。
研究の背景
世界的な少子高齢化を迎える現代において、有機トランジスタに代表されるフレキシブルエレクトロニクスの医療やヘルスケア分野への応用・展開が盛んに進められている。有機材料の柔らかさを活かすことで、肌や臓器などの生体と親和性が高いセンサーや電子回路が実現できるからである。その中でも、有機トランジスタを用いたフレキシブルな増幅回路は、装着性に優れているため、生体の微弱な信号を常時計測するセンサーとして研究開発されている。ところが、これまでの有機増幅回路は主にシングルエンド型の構成をしており、測定したい生体信号とそれ以外の外乱ノイズを区別することができず、低ノイズでの計測は困難であった (図1)。ノイズ成分を除去できる計測回路として差動増幅回路が一般に知られているが、有機トランジスタの製造のばらつきがシリコントランジスタと比較して大きいため、正確なノイズ除去を実現したフレキシブル差動増幅回路の報告例はなかった。
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世界的な少子高齢化を迎える現代において、有機トランジスタに代表されるフレキシブルエレクトロニクスの医療やヘルスケア分野への応用・展開が盛んに進められている。有機材料の柔らかさを活かすことで、肌や臓器などの生体と親和性が高いセンサーや電子回路が実現できるからである。その中でも、有機トランジスタを用いたフレキシブルな増幅回路は、装着性に優れているため、生体の微弱な信号を常時計測するセンサーとして研究開発されている。ところが、これまでの有機増幅回路は主にシングルエンド型の構成をしており、測定したい生体信号とそれ以外の外乱ノイズを区別することができず、低ノイズでの計測は困難であった (図1)。ノイズ成分を除去できる計測回路として差動増幅回路が一般に知られているが、有機トランジスタの製造のばらつきがシリコントランジスタと比較して大きいため、正確なノイズ除去を実現したフレキシブル差動増幅回路の報告例はなかった。

本研究グループは、回路内における有機トランジスタの電流ばらつきを2%以下にまで低減する補償技術を開発することで、ノイズ除去機能を備えたフレキシブル有機差動増幅回路の開発に成功した。回路は、厚さ1μmのパリレンというプラスチックフィルム上に製造され、くしゃくしゃに丸めても壊れず、人の肌に違和感なく貼り付けることができる (図2)。この柔らかい差動増幅回路を用いた心電信号の計測において、心電を25倍に増幅しながら、ノイズを7分の1以下まで除去することができる。例えば、心電計測を行いながら、外部の電源などが放つノイズや歩行に伴う大きな体動ノイズを除去できることを実証した (図1)。
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本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
スマートウオッチのような、日常生活において心電などの生体信号を計測するウェアラブルデバイスは既に販売されている。しかし、本研究成果の装着性と精度に優れたフレキシブル生体計測用回路により、あらゆる場面での生体計測がこれまで以上に簡易で快適なものになることが期待される。例えば、計測回路の装着性と密着性が向上したことで、スポーツをしているときなど、激しい体の動きを伴う場面における生体計測が可能になる。こうして得られるリアルタイムで長時間の生体計測データを利用することで、病気の早期発見や治療の効率化、高齢者や患者の見守り、運動負荷の監視などが促進されるものと期待される。そして、医療費の削減や人々のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)向上といった、高齢化社会の様々な問題の解決の一助になるものと考えられる。
スマートウオッチのような、日常生活において心電などの生体信号を計測するウェアラブルデバイスは既に販売されている。しかし、本研究成果の装着性と精度に優れたフレキシブル生体計測用回路により、あらゆる場面での生体計測がこれまで以上に簡易で快適なものになることが期待される。例えば、計測回路の装着性と密着性が向上したことで、スポーツをしているときなど、激しい体の動きを伴う場面における生体計測が可能になる。こうして得られるリアルタイムで長時間の生体計測データを利用することで、病気の早期発見や治療の効率化、高齢者や患者の見守り、運動負荷の監視などが促進されるものと期待される。そして、医療費の削減や人々のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)向上といった、高齢化社会の様々な問題の解決の一助になるものと考えられる。
本研究開発の一部は、産総研・阪大 先端フォトニクス・バイオセンシングオープンイノベーションラボラトリ (PhotoBIO-OIL、ラボ長:大阪大学大学院工学研究科 教授 民谷栄一)の研究開発の一環として実施された。PhotoBIO-OILでは、解析対象の取り扱い技術でオンリーワンの技術を持つ産業技術総合研究所と、測定技術の基盤となる大阪大学の卓越した最先端フォトニクス技術を融合させることで革新的な高度創薬・診断技術を開発することを目的として、フォトニクス分析の高度基盤技術を実装し、多彩な生体分子を計測する次世代バイオセンシングシステムに関する研究開発を行っている。
<用語説明>
※1 差動増幅回路
2つの入力端子をもち、その差分を増幅することができる回路のこと。生体信号計測では、測定したい生体信号以外の外乱ノイズの多くが2つの入力に同じ波形で混入するため、差分によって外乱ノイズのみを除去することができる。
※2 有機トランジスタ
電気が流れる半導体部分が有機材料であるトランジスタのこと。無機半導体とは異なり、有機半導体の多くが200度以下の低温で製造できるため、薄いプラスチックフィルムを基材として用いることができ、軽くて柔らかいトランジスタを実現できる。このトランジスタを複数個組み合わせ、集積させることで、信号増幅やノイズ除去などの処理機能をもつ電子回路がつくられる。
※3 シングルエンド型の増幅回路
上述の差動増幅回路とは異なり、1つの入力端子しかもたない増幅回路のこと。入力信号をそのまま増幅するため、目的の生体信号だけではなく不必要な外乱ノイズも一緒に出力される。とくに、生体信号の多くは非常に微弱な信号であることから、シングルエンド型の増幅回路は生体計測には不向きである。
※4 外乱ノイズ
生体信号の計測においては、主に商用交流ノイズ (ハムノイズともいう) と体動ノイズが外乱として生体信号に混入する。商用交流ノイズは周囲の電源機器から発生し、日本では西日本で60Hz、東日本で50Hzの一定周波数をもつ。体動ノイズは、体の動きに伴う電極や配線のズレなどによって生じる。そのため、体と密着できる柔軟性をもった電極や計測回路の開発が高精度の生体計測に重要である。
<用語説明>
※1 差動増幅回路
2つの入力端子をもち、その差分を増幅することができる回路のこと。生体信号計測では、測定したい生体信号以外の外乱ノイズの多くが2つの入力に同じ波形で混入するため、差分によって外乱ノイズのみを除去することができる。
※2 有機トランジスタ
電気が流れる半導体部分が有機材料であるトランジスタのこと。無機半導体とは異なり、有機半導体の多くが200度以下の低温で製造できるため、薄いプラスチックフィルムを基材として用いることができ、軽くて柔らかいトランジスタを実現できる。このトランジスタを複数個組み合わせ、集積させることで、信号増幅やノイズ除去などの処理機能をもつ電子回路がつくられる。
※3 シングルエンド型の増幅回路
上述の差動増幅回路とは異なり、1つの入力端子しかもたない増幅回路のこと。入力信号をそのまま増幅するため、目的の生体信号だけではなく不必要な外乱ノイズも一緒に出力される。とくに、生体信号の多くは非常に微弱な信号であることから、シングルエンド型の増幅回路は生体計測には不向きである。
※4 外乱ノイズ
生体信号の計測においては、主に商用交流ノイズ (ハムノイズともいう) と体動ノイズが外乱として生体信号に混入する。商用交流ノイズは周囲の電源機器から発生し、日本では西日本で60Hz、東日本で50Hzの一定周波数をもつ。体動ノイズは、体の動きに伴う電極や配線のズレなどによって生じる。そのため、体と密着できる柔軟性をもった電極や計測回路の開発が高精度の生体計測に重要である。